朝8時の外気温、3℃。
今日はショパンさんとO-chanさん宅へ。 O-chanさんちにお邪魔するのは何年振りかなあ。 同じ長野で、地図をみてもそれほど遠く感じないのに、実際には山を越え谷を越え・・・で時間的にはとっても遠いのだ。 だからなかなかお邪魔できず・・・ま、その方がO-chanさんたちにとっては安心でしょうが。(笑) 今回はショパンさんが運転をしていただけるということでお言葉に甘えて。 迫る深山や山深い峠を縫うトンネルをいくつも越え、やっとたどり着いたO-chanさん宅。 そこはまさしく山の中の桃源郷。 相変わらずとっても美しく整備されたガーデンは・・・なんかボーボーグシャグシャのうちの庭が恥ずかしいくらい。 植物も皆イキイキのびのび育っていて居心地よさそう。 そんなお庭を一通り見せていただいた後、お待ちかねのランチ! ダイニングではお馴染みのバードフィーダーが間近に。 ショパンさんと私で持参したお昼に、O-chanさんのおもてなしを加えて・・・なんかすっごい豪華。 ショパンさんのカリフォルニア巻きもとっても美味しくて、O-chanさんの山の幸、海の幸も食欲そそる、そそる。 なんだかんだとお食事したりお喋りしたり・・・であっという間に時間は過ぎていったのだった。 帰途も再びショパンさんの運転にお世話になって、無事に帰宅。 久しぶりに熟女同士のお喋りに夢中になり、とっても楽しい時間を過ごさせていただきました。 O-chanさん、ショパンさん、ありがとう! いろいろ試行錯誤してO-chanさんちまでの道程、今回は最短のルートを見つけたので・・・また来年も襲撃しちゃおうかな~・・・?ぷぷぷ・・・
今朝、永眠りについたレイちゃんの為、庭からきれいな状態の花をたくさん切って来た。
咲き乱れる花に囲まれレイちゃんはとても安らかな寝顔に見えた。 レイちゃんの安らかな姿を見て少し安心して、今日は外に出て庭仕事に取り掛かれた。 今の庭の様子。 次代の娘たちが遊ぶ。 やっぱりニワトリの遊ぶ庭はいいなあ。 そばに咲くのは盛りのシラー・カンパヌラータ。 きれいな状態のものを摘んでレイちゃんに供えた。 これも今が見頃のカマッシア。 こちらもほとんどカットしてレイちゃんに。 去年種蒔きしたオーブリエチア。 紫とピンクのミックス種だったので、2種がある。 隣の黄色はニシキミヤコグサ。 これも去年蒔いたアクィレギアのクレメンタイン。 色はサーモンとあったのだけど・・・ 確かにサーモンだけど・・・ なんかイマイチの色だなあ。 いつの間にかたくさん開花していたレウイシア。 そろそろ株分けしたいけど・・・怖い。 この、たった一株しか生き残らなかったし・・・ パティズ・プラムも咲いてきた。 このまま雨の少ない梅雨だったらいいのだけど・・・ 今日もER花壇の開墾の続き。 かなり広い面積なのでなかなか開墾終了にこぎつけない。 明日は少し早く起きてレイちゃんと最後のお別れ。
今朝、レイちゃんが亡くなった。
早朝いつものようにエクササイズをしていると、玄関に置いてある酸素ハウスの中でバタバタッと音がしたが、いつものようにレイちゃんが起きたのかな、くらいにしか思わなかった。 そのあとトイレに行くのに玄関を通ると・・・ レイちゃんが酸素ハウスの中で倒れていた。 一目でもう死んでいるのが分かった・・・ 急いでダーを起こして二人で抱き上げたが、もう既に息をしていなかった。 でも、体はまだ暖かく・・・ ダーは「レイちゃん、レイちゃん・・・」と抱きしめながらポロポロ涙をこぼしたが、私は不思議とそれほど悲嘆にくれる気持ちは起きなかった・・・ なぜなら・・・ 一年前の7月、サラちゃんが亡くなって以来ずっと元気がなかったレイちゃんを近所の獣医さんに連れて行き、それでも疑問だったので鳥を診られる獣医さんを探して診せに行き、そこから紹介状を書いてもらい横浜の鳥専門の獣医さんへ行き・・・ レイちゃんの病気が明らかになってからは、本当にいろいろ手を尽くした。 どこの獣医さんでも「もう長いことない」と言われて、あと数週間?数日?の命と覚悟していた。 最後に向かって少しでも苦しくないように酸素ハウスをレンタルし、毎週獣医さんのところで薬を調合してもらった。 しかし本来抗生物質は2週間くらいが使用の限度で、それ以上服用し続ければ極端に体の機能をだめにしてしまう。 抗生物質はやめて食事を工夫しサプリもいろいろ調達し、免疫力や抵抗力をつけさせるよう努力した。 どの獣医さんもあともう数日、数週間の命と思われたレイちゃんだが、なんとそれから一年も生き続けたのだ。 しかもその間は無理やり終日酸素ハウスに閉じ込めるのでなく、できるだけ外に出して庭で遊ばせた。 獣医さんは「絶対安静に」「外には出さない方がいい」と言っていたけど。 ダーと話して、一日中酸素ハウスに閉じ込めて何の楽しみもなくそれで長生きできたとしてもレイちゃんは幸せだろうか、例え寿命が少しくらい短くなったとしても、一番好きである庭で遊ぶことができる方がずっと楽しいのでは?それで苦しくなったらその時は酸素ハウスで休養すればいい、ということにした。 結果的にレイちゃんはどの獣医さんの予想をもはるかに上回り、それから一年も長く生き延びたのだ。 きっとどの獣医さんも全く予想しなかっただろう。 それだけでも幸せだたっと思う。 おとといの土曜日は不思議に、とてもたくさん遊んだ。 いつもなら庭に出してもあまり動き回ることはなく、一か所にじっとしていることが多いのだが、おとといは不思議に一日中庭を走り回っていた。 虫を追いかけたり草を食んだり元気に走り回っていた。 今思うと、もう長くない、時間がないのが分かっていたので最後に思いっきり走り回りたかったのかも。 昨日、涅槃会、釈尊の月のご命日に聞いたお話・・・「体はなくなっても魂は永遠である」ということ。 人間的に見たら「死」であっても魂はずっと生き続けるということ、その言葉がずっと心に残っていたのだが、今日の、この時の為の言葉だったのだなあ。 レイちゃんは本当にがんばった。 その間美味しいものをたくさん食べ、できるだけ庭でたくさん遊び・・・きっと悔いはなかったと思う。 うちに来た時から体が弱かったレイちゃん。 体育会系の元気なサラちゃんと比べて体が弱かったので、サラちゃんより短命だと予想していた。 それが・・・5年も長生きしたのだ。 ニワトリの5年は平均寿命。 もっと長生きな子もいるだろうけど、比較的長生きなオスと比べてメスは2年とか3年で亡くなることも珍しくない。 それを考えたらレイちゃんはとっても長生きしたと思う。 それも、子供の頃からあんなに弱かったのに。 亡くなった時の鶏冠の色がとてもいい色だった。 赤々としてふっくらしてぴんと張りがあって大きかった。 それを見た瞬間レイちゃんは病気で死んだのではない、と分かった。 具合の悪いときの鶏冠はしわしわで小さく縮んで色も紫色で、いかにも不健康そうなのだ。 でも亡くなった時も、それから何時間たっても、鶏冠はきれいな赤いまま、しっかりと張りのあるままだった。 すぐに分かった、これは病気で亡くなったのではない、寿命が来たのだと。 天寿を全うしたのだと。 だからレイちゃんを看取った私の心は「レイちゃん、よく頑張ったね。楽しかったね、よかったね、もう十分楽しい日々を満喫したね」という思いに満たされていた。 そして夜間、誰も気づかない時間ではなく、朝まで待ってから、私たちが起きるのを待ってから、旅立ってくれた。 だから私の心は「レイちゃん、さようなら。これからは次の生のスタートだね。次は人間に生まれてもっともっと幸せな人生を送るんだよ」という気持ちで安らかだった。 レイちゃん、ありがとう。 本当にありがとう。 楽しかったね。 私たちの初めてのニワトリ。 初めての娘。 本当に幸せだったね。 幸せな日々をありがとう。
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